呉・江田島エリア

旧海軍兵学校

旧海軍兵学校

旧海軍兵学校は、明治21年東京の築地から移転し海軍将校を養成してきましたが、現在では海上自衛隊の幹部養成学校などになっています。旧生徒館は明治26年イギリスの建築家によって設計・建築されたもので、赤レンガはすべてイギリスから運ばれました。

1世紀を経てもその雄大で華麗な美しさは変わりません。町民や見学者の交流の場となっているのがふるさと交流館です。

ふるさと交流館

 

音戸大橋

音戸大橋

音戸の瀬戸は、呉と倉橋島との間の70mしかない狭い海峡で、平清盛が一日で切り開いたと言われていて、毎日船が行き交っています。そこには、赤いアーチ型の音戸大橋が架かり、そしてループ式の道路がすばらしい風景を作り上げています。また、音戸の瀬戸公園もあり、春には、桜やツツジなどが咲き乱れ、多くの人がその景観を見に訪れています。

音戸のツツジ

音戸のツツジ

 

大和ミュージアム

戦艦「大和」を建造した東洋一の軍港、日本一の海軍工蔽の町として栄えた呉。戦後は、戦前から培われてきた技術が新しい技術と結びつき、世界最大のタンカーを数多く建造するなど、日本が戦後約10年ほどで世界一の造船国へ発展する一翼を担いました。その後、有数の臨海工業都市として発展し、地域の産業発展のみならず、日本の近代に大きく貢献しました。呉の歴史はまさしく明治移行の日本の近代化の歴史そのものです。呉市海事歴史科学館「大和ミュージアム」は「呉の歴史」とその近代化の礎となった、造船・鉄鋼を始めとした各種の「科学技術」を先人の努力や当時の生活・文化に触れながら紹介します。